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東京高等裁判所 平成9年(う)65号 判決 1997年5月01日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人田中重周提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  原判示第三に関する訴訟手続の法令違反の主張について

所論は、要するに、覚せい剤所持の犯罪事実を摘示するのに、覚せい剤を含有する結晶約二〇八・二七二グラムと判示するだけでは不十分で、覚せい剤だけの重量を判示すべきであり、その判示を欠く原判決には審理不尽の違法がある、というのである。

そこで検討すると、覚せい剤取締法二条一項一号、三号によれば、フェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する物も同法にいう覚せい剤であり、かつ、同法にいう覚せい剤については、覚せい剤原料とは異なり、一定の含有率が要求されていないのであるから(同法別表参照)、フェニルメチルアミノプロパンの塩類を含有する結晶である以上、その含有量を確定しなくても、同法による取締りの対象となるのである。本件所持にかかる約二〇八・二七二グラムの結晶が塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有することは原判決挙示の証拠によって明らかであるから、原判決が覚せい剤所持の事実を示すに当たり、「覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する結晶約二〇八・二七二グラム」と判示し、その含有量について明示しなくても、罪となるべき事実の摘示として何ら欠けるところはないというべきである。論旨は理由がない。

二  原判示第一に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は被告人がAと共謀のうえBに覚せい剤を譲り渡したものと認定したが、被告人とAとが共謀したことはなく、Bへの覚せい剤譲渡は被告人の関知しなかったところであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、関係証拠によれば、原判示第一の事実は優に認められ、原判決が「事実認定の補足説明」の項において説示するところも正当としてこれを是認することができる。

すなわち、Aは、検察官の取調に対して、被告人との間の共謀の存在を認めており、その供述内容は、平成六年三月初めころ、被告人から覚せい剤密売の手伝いを依頼されてこれを了承し、以後、高知にいるBから連絡を受ける度に、被告人に覚せい剤の値段を聞いて代金を決めたうえ、被告人から渡された覚せい剤をBに送っていたところ、同年五月一一日にも、Bから覚せい剤を五グラムほしいという連絡があったので、被告人に値段を聞いて、代金一三万円で譲り渡すこととし、被告人から受け取った覚せい剤を同月一三日に宅急便でBに送り、代金一三万円は同月一八日に電信為替書留郵便で自宅に送られてきたというのであるが、その供述は、詳細で、具体的であり、原審証人Bに対する証人尋問調書の内容ともよく符合するばかりでなく、B及びAの電話の通信記録、宅急便の送付記録、電信為替に関する証明書、Aが記入したカレンダーや手帳など種々の客観証拠によって裏付けられている。さらに、Aがことさら虚偽の供述をして兄貴分の被告人を罪に陥れたとは考え難いことにも鑑みると、Aの検察官の取調に対する供述は、十分に信用することができる。一方、Aは、原審証人尋問において、覚せい剤の密売は一人で行っていたし、Bに譲り渡した覚せい剤はCから仕入れたものであると供述を変えたのであるが、その供述は、同じ証人尋問の中でも変遷している部分があるばかりでなく、種々の客観証拠とも符合せず、しかも、A自身の公判中である平成六年一〇月二八日に被告人から叱責の手紙を受け取り、その後、自らの捜査段階における供述を翻したことなどに照らすと、信用することができない。また、被告人は、捜査段階、原審公判廷を通じて、Aと共謀してBに覚せい剤を譲り渡したことを否定しているけれども、捜査段階における被告人の供述と原審公判廷におけるそれとの間には食い違う部分も少なくないうえ、原審公判廷における被告人の供述相互間にも不自然な変遷が見られるのであり、被告人の供述は、信用することができない。

以上によれば、原判示第一のとおり共謀による覚せい剤譲渡を認定した原判決に所論のいうような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

三  量刑不当の主張について

所論は、被告人を懲役七年及び罰金三〇万円に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

記録によれば、本件は、被告人が原判示の各日時、場所において、Aと共謀してBに覚せい剤結晶約五グラムを代金一三万円で譲り渡し(原判示第一の事実)、覚せい剤を自己使用し(同第二の事実)、覚せい剤結晶約二・〇九八グラム、塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約二〇八・二七二グラム及び覚せい剤原料約四六・二六二グラムを所持した(同第三の事実)、という事案である。

覚せい剤の譲渡及び所持は、それ自体強い社会的非難に値する行為であるところ、被告人は、昭和五六年以降、四回にわたり覚せい剤取締法違反の罪、覚せい剤取締法違反及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により処罰されて服役したにもかかわらず、またもや本件各犯行に及び、しかも、本件譲渡の態様は、自らは背後にあってAを指示しつつ、携帯電話や宅急便等を用いて譲渡行為を行っているのであって、巧妙で、悪質であるうえ、本件所持にかかる覚せい剤及び覚せい剤原料は、合わせて二五〇グラムを超えるという多量のものであることからすると、被告人と覚せい剤の関わりにはまことに根深いものがあり、その刑責は重いというべきである。

そうしてみると、被告人が本件犯行を深く反省し、覚せい剤と縁を切る旨述べていること、被告人の母親が、当審公判廷において、被告人を監視する旨誓約していること、被告人が、原判決後、法律扶助協会に対し一三万円の贖罪寄付をしていることなど被告人のために斟酌できる事情を十分に考慮してみても、原判決の量刑はやむを得ないものであり、これが重すぎて不当とはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審における未決勾留日数中一一〇日を原判決の懲役刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小林 充 裁判官 山田利夫 裁判官 山室 惠)

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